TC楽器 短編小説 「可愛いあの子」 - TC楽器 - TCGAKKI

●出会い

 暑さもピークを迎え日が落ちるのが早くなるころ、タカシは焦っていた。部活が長引きバンド練習に遅れそうなのだ。顧問への悪態を原動力に、ラグビー部の練習による疲れを微塵も感じさせない脚力で火の玉のごとくペダルを高速回転させるタカシ。

ふと見ると道向に可愛らしい女の子、、、、あっ!。次の瞬間目の前にあったのはコンクリート製の電信柱、肩に激痛が走るも彼女の手前平静を装い静かにその場を離れた。あの子にバレなかっただろうか・・・、身体の心配より彼女の視線が気になっていたが、病院で全治三ヶ月の鎖骨骨折を言い渡され意気消沈。当然バンドの練習には行けず、メンバーからは爆笑され、部活にも出られず、決定しかけていた部活のレギュラーの座からも陥落。

不幸中の幸いは、抱えていた愛機フェンダー、ストラトキャスターのナットが欠けた位で無事だった事である。「あ~~~ぁ最悪、、、、でもストラト無事で良かった、、、」散々なタカシではあったが、あの時見かけた彼女に心を奪われ入院中に妄想だけが膨らんだ。

 

●再会

 退院するとすぐ愛器ストラトを行きつけのTC楽器へ持ち込んだ。「散々だったよ、ストラトのナット交換して♪」。この楽器屋は自分の様な金にならない客にも優しく対応してくれる。「そう言えばタカシ君部活どうしたの?」。痛い所を付いてきた、、、今回の怪我で皆について行けなくなり、辞めたなんて恥ずかしくて言える訳が無い。「やっ、やっぱり、自分には音楽しか無いと思った訳でさ・・・」、「ふ~~~~ん」・・・やはりバレるか。

顔を赤らめ話題を変えようとした時、遠くから女性の声が聞こえた。あっあの子だ!「菊池と言います、今月から働かせて頂いてます!」タカシはあまりの驚きと緊張で椅子から転げ落ちそうになった。その後何を話したか覚えていない。若干鼻にかかった様な優しい声に甘い香り・・・なんか得した気分になったのは間違いない。

 

●葛藤

 タカシは足しげくTC楽器に通っていた。以前から懇意の楽器店ではあるのだが、今の理由はあの菊池さんだった。タカシの脳内構成は彼女とバンドで9:1。久しぶりのバンドの練習では曲も覚えておらずプレイも散漫、メンバーの怒りを買いこのままでは解雇の危機、そんな中でも彼女の事を考えると幸せだった。

そんなある日、バンドのボーカルが赤い顔をして自宅前に立っていた。「色々言いたいことはあるけど、一言だけ言っとく、バンドか女どっちか選べ」頭をトンカチで殴られたとは良く言った物だと具にもつかない事を考えながら、部屋の布団に横になった。空間を彷徨うような視線の先には愛機ストラトキャスターが錆びた弦を携えて佇んでいた。そう言えばいつから触ってあげてなかったっけ、、、、、自然と涙が流れ落ちていたタカシであった。

 

●決断

 「バンドを一番でやっていくよ」確かな気持ちだった。本音は音楽やっていればまた彼女にあ・え・るしね♪ 不純な気持ちを悟られないよう仲間と練習に励んだ。ライヴの予定が決まると気持ちも引き締まり、より良いサウンドを求めて貪欲にもなるものだ。曲によってディレイが必要になりTC楽器へおじゃました。エフェクター売場を見回すと中古とはいえ完全に整備・清掃されたキレイな個体が並んでいる。いくつ選んでも気もち良く試奏させてくれる店員さん、だから好きなんだよねこの店。候補は決まった。が、予算が足りない!

自宅に戻って押入れから数年使ってなかったTokaiのストラト、Ibanezのエレキを引っ張りだした。TC楽器へ持って行って下取りしてもらおう。今までの感謝を込めてボディとネックをフキフキし、弦も交換した。ネックを握ると愛着のあるサウンドに顔もほころぶ。そうだこのTokai StratはTCさんの「楽器健康診断」に出して簡易セットアップもしてもらおう。Ibanezを売ればエフェクターの足しになるだろう。

翌日バイト前にTC楽器に立ち寄り楽器健康診断とギターの査定をしてもらう。ネックの状態や電気系統など見てもらえて簡易セットアップまでついて2,500円。Ibanezの方は査定後エフェクター代金以上の査定がついたので臨時収入! そしてあの子にご報告♪ 

 

●出逢い

 ライヴ当日控室で雑談をしていると対バンの方々が入ってきた。我々より少し上かな、簡単に挨拶を交わすとギターが目に止まる。「シブいギターですね」塗装が剥がれ指板も真っ黒になっおり歴戦の勇姿を漂わせている。彼は気さくに応えてくれた「フェンダーのヴィンテージなんですよ、73年製」おお!めっちゃカッコイじゃないか。「サウンドが気にってね、安かったしラージヘッドも好きなんで」え?大頭・・・よく分からいないが確かにいい音出してたなあ。「新大久保の店で買ったんだ」

「あの、もしかしてTC楽器?」「そうそう通ってます♪」ヴィンテージなんて自分とは関係ないと思っていたのだがこうして実機を現場で見て聞いてみると違いがわかるモンだなあ。「そうそうあそこいる女の子、なんか一生懸命で可愛らしい」「ああ、菊池さん・・・ね」ギターのこと根掘り葉掘り聞こうと思っていたが、なんかトーンダウン。なんだよライバル出現かよ。ふと横をみるとウチのボーカルが細い目で俺を見ていやがる・・・。

 

●衝撃

 自分たちの演奏終了後、やはりライブの出来に納得出来なかった。「1曲目のBメロ後間違えたろ!!」、「お前走りすぎなんだよ」等など罵声が響く。一旦頭を冷やすべく先程気さくに答えてくれた対バンの演奏を聞きに行くことにした。確かコピーだから気楽にやってるんだよね、と答えていたが何をコピーしているかまでは聞いていなかった。ステージ上セッティングが完了したらしく暗転、、、、、

「ズ、ジャ~~~~~~」ぅお!!何だこの歪は、一番後ろで聞いているにも関わらず輪郭がはっきりしている上に音が抜ける、歪に負けない芯のしっかりしたサウンド、これがヴィンテージのなせる技なのか。

楽曲そのものは認識が無いものの、その存在感のある音楽とサウンドに圧倒された。演奏終了後、声をかけた「いや~凄いですね、カッコ良かったです!!ところで何をコピーされているんですか」、「ディープ・パープルだよ知らない?クラッシック・ロックだけど最近はまちゃって聞いてるんだよね」。ディープ・パープルか、その後色々調べた所、、、とは言ってもウィキペディアなのだが、伝説的なバンドであり現在の音楽に多大な影響を与えているバンドと知った。

自分達は井の中の蛙である事を改めて知ると共に、ふつふつと湧き上がる音楽に対する暑い血潮を隠し切れないタカシであった。

 

 

●恋の終わり

その日は突然やって来た。空を見上げ涙を堪える、、、、目を閉じると涙が溢れてきた。そう菊池さんには彼氏がいたのだった。バンドの練習の帰り、皆で談笑する中「すげーーーーあれベンツじゃん!!最新モデルだよ」の声で一斉に視線を向けた、最高に天気の良い輝かしい日差しの中、助手席に座っていたのは、さらに輝かしい笑顔を満面にたたえた菊池さんだった。颯爽と駅前に止まったそのベンツの運転席には遠目からでもイケメンと解る男性、菊池さんはベンツを降りその男性と軽くキスを交わしその場を立ち去った。始まりを考えても自分の一人よがり、始まりも終わりも無いと言い聞かせても虚しさだけが心を埋め尽くす。ヴォーカルが肩を組んで来た「お前の気持ちは解るよ、いい区切りになったんじゃないか、、、」。

自分が学生で金も無いバンドマンである事がここまで悔しかったのは初めての経験だった。その後コンビニで酒を買い自宅であおった、バンド仲間は事情を知らないふりをして付き合ってくれた。バンド仲間のありがたさを痛感したその時「中古CDで見つけたから聞いてみよっか」と先日知ったばかりのディープ・パープルが流れた。CM等でも流れている曲やBGMでも聞いた事のある曲も多々ある、先人達の礎は偉大と感じると恋に悩んでいる自分がちっぽけに感じた。「今聞いてもかっこいいよね!!」「うん、かっこいいよね!!」バンドは永遠に続けられるか解らないが、音楽は残る、そんな音楽を一緒に築きあげる仲間を大切にしようと思ったタカシの夏の出来事であった。

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